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プロ野球ドラフト会議において最も多く入団を拒否した選手は次のうち誰でしょうか?


こんにちは、むっくです。

こんなクイズを作ってみました(^^♪


問題


プロ野球ドラフト会議において最も多く入団を拒否した選手は次のうち誰でしょうか?

A)江川卓
B)長野久義
C)藤沢公也
D)菅野智之



答え、感想、豆知識など



江川卓とは?




『江川卓』さんは学生時代から「怪物くん」の愛称で恐れられ、現役時代に数々の伝説を残した大投手です。

作新学院高校時代にはノーヒット・ノーランや完全試合を当たり前のように積み重ね、甲子園でも奪三振率14.0という記録を残し、超高校級の豪腕投手として絶大な人気・実力を誇っていました。

江川さんが初めてドラフト指名を受けたのは高校3年生だった1973年のことで、阪急ブレーブスから1位指名されましたが巨人入りを志望していたためこれを拒否し、法政大学に進学しました。

法政大学でも東京六大学の奪三振の記録を塗りかえるなど、全てにおいて圧倒的な成績を残し、2度目のドラフトを迎えました。

このドラフトではクラウンライターライオンズからドラフト1位指名されましたがこれを再び拒否し、作新学院職員としてアメリカに1年間留学しました。

そして迎えた3度目のドラフトの直前、有名な「江川事件(空白の一日事件)」が起こり、巨人はドラフトをボイコットすることになりました。

結果、江川さんには南海ホークス、近鉄バファローズ、ロッテオリオンズ、阪神タイガースの4球団が1位指名を行い、阪神が交渉権を獲得することになりました。

しかし問題はここで終わらず、当時のコミッショナーである金子鋭さんが「江川さんを巨人にトレードさせる形での解決を望む」という異例の要望を提示し、最終的に当時の巨人のエースであった小林繁さんとのトレードが行われて江川さんはようやく巨人に入団することができました。

ちなみに、ドラフト1位指名を3回受けたのは最多の記録となっています。


プロ入り後の江川さんは学生時代の酷使や怪我の影響で、全盛期の投球ではなかったと言われながらも圧巻の成績を残し、プロ通算9年間で135勝、防御率3.02、1366奪三振、WHIP1.12という堂々の成績を挙げました。

特に1981年は自己最多の20勝を挙げ、MVP、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、最優秀投手、ベストナインに輝くなど、タイトルを独占しました。


全盛期の投球を生で見たかった(ノД`)・゜・。

一体どれほど凄い球を投げていたんでしょうかね(>_<)




長野久義とは?




『長野久義』選手は現在、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手です。

長野選手は日本大学4年時に急成長を遂げ、春と秋の2季連続で首位打者とベストナインを獲得、日米大学野球選手権、IBAFインターコンチネンタルカップ、2006年アジア競技大会に日本代表として選ばれたことで注目を浴びました。

初めてドラフト指名を受けたのは日本大学4年時の2006年のことで、北海道日本ハムファイターズから4位指名されましたが巨人入りを志望していたためこれを拒否し、本田技研工業に入社しました。

社会人でもすぐにレギュラーの座を射止めて、見事な活躍を見せ、評価をさらに伸ばす最高の形で2年後に2度目のドラフトを迎えました。

しかし、このドラフトでは千葉ロッテマリーンズが2位で強行指名を行ったため再び拒否し、チームに残ることになりました。

そして、その1年後のドラフトでようやく巨人から単独でドラフト1位指名を受けて、念願のプロ入りを果たしました。


プロ入り後の長野選手は1年目からレギュラーの座を獲得すると、見事な成績を挙げてその年の新人王、2年目には首位打者、3年目には最多安打のタイトルを獲得する活躍を見せました。

現在での通算成績はプロ7年間で959試合に出場し、打率.289、1039安打、108本塁打、402打点となっています。


決して悪い数字ではないですが、ちょっと物足りないですかね(^_^;)

特にここ数年は怪我の影響などで地味な成績に終わっていまが、まだ老け込むには早いのでなんとか復活に期待したいです(^^♪




藤沢公也とは?


『藤沢公也』さんはドラフトで「5回の指名」と『4回の入団拒否』という2つの日本記録を持つ元プロ約選手です。

藤沢さんは八幡浜高校でエースとして活躍し、高校3年生の時にロッテオリオンズから3位指名を受けますがこれを拒否し、日鉱佐賀関に入団しました。

社会人野球に入団後も指名は続き、1971年にヤクルトアトムズから11位で、1973年に近鉄バファローズから4位で指名を受けますがこれを拒否しました。

1976年には日本ハムファイターズから2位指名を受け、一旦は入団を受諾しましたが、球団から契約金の値下げを申し入れられたことに「誠意がない」と反発し、入団拒否となりました。

そして、5回目となる1977年のドラフトで中日ドラゴンズから1位指名を受け、ようやくプロ入りを果たしました。


プロ入り後の藤沢さんは1年目に本格派から技巧派への転身を図り、これが見事に成功して13勝を挙げ、新人王と最高勝率を獲得しました。

しかし、その後は思うような成績は挙げられず、通算成績はプロ6年間で27勝35敗、防御率4.23となっています。


もっと早くに入団して本格派として投げていればどんな成績を残していたか、すごく興味がありますね(>_<)

同期に小松辰夫さんがいたのは運がなかったとしか言えないです(;´・ω・)




菅野智之とは?




『菅野智之』選手は現在、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手です。

菅野選手は東海大相模高校時代にエースとして活躍し、原辰徳さんの甥っ子ということもあり嫌でも注目を浴びました。

進学した東海大学では持っていた潜在能力が一気に開花し、首都大学リーグでは通算で37勝4敗、防御率0.57、347奪三振、14完封という驚異的な成績を挙げ、全国大会、国際大会でも素晴らしい活躍を見せてアマチュアNO.1投手として運命のドラフト会議を待ちました。

菅野選手は巨人以外であれば入団拒否という姿勢を示していましたが、北海道日本ハムファイターズが1位で強行指名をし、巨人との競合の末に日本ハムが交渉権を獲得することになりました。

これに対して菅野選手は入団拒否の意向を固め、1年間の浪人の道を選びました。

そして1年後のドラフトで巨人から単独で1位指名を受けて念願のプロ入りを果たしました。


プロ入り後の菅野選手は浪人のブランクをあまり感じさせず、1年目から13勝を挙げる見事な活躍を見せました。

2年目には最優秀防御率と最優秀選手、ベストナイン、4年目には最優秀防御率と最多奪三振のタイトルを獲得しています。

現在での通算成績はプロ4年間で44勝28敗、防御率2.34、奪三振592となっています。


正直勝ち星が少なすぎますね、この防御率でこの数ではあまりにも可哀想です(ノД`)・゜・。

この防御率なら60勝前後は勝っていてもおかしくないんですけどね・・・。

現在では日本を代表する選手になりましたが、もう少しインパクトが欲しいですね(>_<)

来年以降は「球界を代表するエースは自分だ!」というところ見せつける成績を挙げて欲しいですね(^^♪



答え


以上から、このクイズの答えは「C)藤沢公也」です。



感想


今回の問題はどうでしたかね(?_?)

難易度は野球ファンにはかなり易しかったと思いますが(^^♪

社会にそれなりのインパクトを与えた方を選択肢に選びましたしね(*^_^*)

まぁでも、5回の指名、4回の拒否は凄いの一言ですね(゚Д゚;)

当時のプロ野球は現在のような人気もお金もなかったですし、ドラフト制度もできたばかりで成熟していなかったこともあり、指名した人数の半分以上は入団拒否ということもあるくらいの時代ですから、入団拒否自体は珍しくはないですが、これだけの回数指名されたということはそれだけ魅力的な選手だったんでしょうね(*´▽`*)

しかも、3回目からは徐々に順位を上げているのが凄いです(>_<)

普通なら年を重ねれば重ねるほど、否応なしに順位は下がるものですけどね、最終的には1位というのは信じられませんね(^_^;)


現在のドラフト制度ではプロ入りの意志のない学生は指名できませんし、社会人も凍結され、「この球団以外は入りたくない!」という選手はほとんどいなくなりましたので、入団拒否は滅多にありませんが、各球団には選手のあらゆるデータをかき集めて、本当に自分の球団に合った選手を獲得して欲しいですね(^^♪

「残っているから獲っちゃえ!」という考えで選手を獲得するのは余程のことがない限り避けて欲しいです(>_<)




雑談


今年のドラフト会議も昨日終わりましたね(*´ω`*)

昨日はスマホを片手に久しぶりにドキドキワクワクさせてもらいました(*´ω`*)

個人的に好感をもった指名は広島とソフトバンクですかね(^^♪

正直なところ今年はどの球団も獲得人数が多く、例年なら指名漏れレベルの選手も獲っていたので素人には評価が難しすぎますね(^▽^;)

まぁ、ドラフトの評価は数年経たないと分かりませんし、各球団、指名された選手には成功と言わせられるように死に物狂いで頑張って欲しいですね(*^_^*)



私が応援しているベイスターズは以下の選手を指名しました(^^♪

1位 柳裕也(明治大学)×
外れ1位 佐々木千隼(桜美林大学)×
外れ外れ1位 濱口遥大(神奈川大学)
2位 水野滉也(東海大北海道)
3位 松尾大河(秀岳館)
4位 京山将弥(近江)
5位 細川成也(明秀日立)
6位 尾仲祐哉(広島経済大学)
7位 狩野行寿(平成国際大学)
8位 進藤拓也(JR東日本)
9位 佐野恵太(明治大学)

育成1位 笠井崇正(信濃グランセローズ)


みなさん、指名おめでとうございます!(^^)!

個人的な感想としては1位を2度外したことで上位の指名順位が1~2つくらい予想より上がってしまったこと、よく分からない大量指名など、成功とはお世辞にも言えないドラフトでしたが、失敗とも言えませんし、まぁまぁの内容だったのではないでしょうか(^_^;)

特に4位で京山選手を獲れたのは大きかったです(≧◇≦)

変な癖もないですし、ベイスターズでも多分育てられると思います(^^♪

1~2年かけてしっかり体を作り、3年目以降には1軍で先発として活躍してくれることを期待しています(*´ω`*)


逆に細川選手ははっきり言って癖だらけです(>_<)

馬力は世代でもトップクラスでしょうが、ベイスターズに育てられるでしょうかね(というか日本にそんな環境があるだろうか)(?_?)

もし育てきることができれば大谷選手のような球界を根本から変えるような選手になると思いますし、球団の育成能力も絶賛されると思います(*^_^*)

投手と野手、どちらをやるにしてもフォームを1から作り直すことになる非常に険しい道を歩むことになると思いますが、死に物狂いで生き残って欲しいですね(>_<)


他にも濱口選手は即戦力ではないですが数年後は期待できるかもしれませんし、水野選手はチームにいないタイプなので重宝されそうですし、松尾選手も将来の二遊間を任せられる才能を持っていると思います(^^♪

いずれにせよ、このドラフトが成功だったと思わせてくれるような活躍を期待したいですね!(^^)!



また、今回残念ながら指名漏れとなった主な選手は以下の通りです。

・生田目翼(流通経済大学)
・松田進(中央大学)
・高橋拓巳(桐蔭横浜大学)
・斎藤友貴哉(桐蔭横浜大学)
・松本桃太郎(仙台大学)
・佐藤拓也(立教大学)
・金子凌也(法政大学)
・北出浩喜(パナソニック)
・角田皆斗(富士重工)


高校生は有望株は珍しくほぼ指名された気がしますね(*^_^*)

大学生や社会人は生田目選手のように指名順位に縛りを入れていた選手も多いでしょうから難しいですよね・・・、社会人で頑張ってもう1度プロを目指して欲しいです(>_<)



来年はよく分かりませんが、早田実業の清宮幸太郎選手が中心になるのは間違いないでしょう!

これから他にどんな素晴らしい選手が出てくるのか、すごく楽しみですね(≧◇≦)



あわせて読んでほしいクイズ記事三選

                   
・プロ野球ドラフト会議で最も指名が少なかった年はいつか?

・プロ野球のオープン戦で一日契約を結んで引退試合を行った選手は誰か?

・日本で一番収容人数(野球時)が多い野球場はどこでしょうか?



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